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価値観の再設計──健康と自由を最上位に戻した理由

どうも、太陽です。

 

価値観診断テストによって示された自分の価値観ランキングを見て、私は強い違和感を覚えた。

1位が知識、2位が創造性、3位が自由、4位が快感、5位が健康。

一見すると前向きで知的な並びに見えるが、持病を抱えて生きている自分にとって、この順位は明らかにおかしい。

そこで私は、価値観そのものを否定するのではなく、「いまの生き方をそのまま映しているだけなのではないか」と考え直し、価値観の優先順位を再設計する必要性に気づいた。

 

私は、価値観の優先順位として
1位 健康
2位 自由
3位 創造性
4位 知識
5位 快感
この順番のほうが、今の自分には圧倒的にしっくりくると感じている。

健康と自由を最優先に置き、そのうえで創造性と知識を両輪として使い、快感はあくまでおまけとして扱う。

この配置で生きたほうが、今の生活は確実に改善され、結果として生きやすくなるという実感がある。

そもそも、価値観診断テストは「理想の価値観」を測るものではなく、「現状、どの価値観を優先して生きているか」を確認するものに過ぎない。

つまり、持病を抱えているにもかかわらず健康が5位に来ていたという事実は、私が自分の健康よりも、能力構築や成果や他者へのアピールを優先して生きていた証拠だった。

この時点で疑問に思うべきだったのだ。

 

健康と自由があってこそ、私らしい生き方が成立する。

創造性は工夫と試行錯誤に通じ、知識は情報収集そのものが楽しい。

快感は音楽などを通じて、これまで通り自然に得ていればいい。

 

特に「自由を第一に置く」という価値観は、私の生き方と極めて強く一致している。

表現の自由という意味では、WordPressブログを使っているため、理不尽な基準で突然バンされることがない。

セキュリティ的自由という意味では、防御を固め、依存を減らしている。

金銭的自由という意味では、節約を徹底している。

人間関係の自由という意味では、しがらみを極限まで減らし、人脈を最低限に抑えている。

 

自由を得るために創造性を徹底し、創意工夫と試行錯誤を重ね、知識で武装する。

快感は副次的に得られれば十分だ。 

一方で、競争、名声、富、出世といった価値観が上位に来ると、自由とは急速に縁遠くなる。

競争には終わりがなく、有名になればなるほど不自由になる。

富を得るためには大量の不自由を経由しなければならず、出世すれば社会的責任という名の制約が増える。

 

自由を得るには、ある意味で強者にならなければならない。

しかし、自由なんていらない、管理され、導かれ、従うほうが楽だと感じる人も確実に存在する。

与えられた仕事をきちんと遂行することに満足を覚えるタイプの人だ。

そういう人にとっては、創意工夫や裁量や強い自己責任原則のある世界は合わない。

 

監視の話に移るが、スマホに関して言えば、中華製であれば中国に監視され、アメリカ製であればアメリカに監視される。

どちらにしても監視されるなら、中国に監視されるほうがマシだと私は考えている。

中国に監視されたところで、私の情報はほとんど活かせない。

せいぜい、メルカリの売買情報、YouTubeの履歴、LINEの履歴、Notionのメモ、検索履歴、TemuやAliExpressの購入履歴、Gmailの履歴程度だ。

中華ECを使っていれば、スマホを監視されなくても情報は取られる。

実用価値はほぼない。

 

一方で、アメリカに監視されると、その情報は妨害活動に使われる可能性がある。

資本主義国家であるアメリカのほうが、こうした情報を活用できる余地が大きく、体感被害も大きくなりやすい。

だからこそ、私はアメリカ監視より中国監視のほうがマシだと判断している。

 

Gravityを利用するうえで、私が最も注意しているのは、Taker、いわゆるクレクレ君に搾取されないことだ。

自分でルームを開くと、無料で何かを得ようとする人が非常に多く集まってくる。

私が一方的なGiveはしないスタンスだと理解すると、控えめになったり、敬遠したり、去っていく人が多い。

Gravityは無料で金銭が発生しないため、余計にクレクレ君が集まりやすい。

他人の議論ルームでマイクに上がると満足度が高いのは、双方に意見の応酬があり、一方的なGive状態にならないからだ。

私が何かを言えば、必ずフィードバックが返ってくる。

 

自分でルームを開くと、単なる愚痴を吐きに来る人や、無料相談として使おうとする人が非常に多い。

私はもう、そういう関わり方はしない主義だ。

そのため最近は、他人の議論ルームに行くことが多い。

クレクレ君は、私の趣旨を理解すると、控えめになるか、去っていく。

本当に厄介なのは、趣旨を理解したうえで利用し尽くそうと継続的に近づいてくるタイプだが、過去に痛い目に遭っているため、そういう人は排除している。

 

この構造は国家や企業にも当てはまる。

アメリカのNSAやCIA、IT企業、そして某大企業、マスコミも本質的にはクレクレ君であり、勝手に奪うTakerだと感じている。

これらと距離を置き、関わらなくなってから、精神的にはかなり楽になった。

 

濃い情報を得るには、自分から仮説を提示し、そのフィードバックをもらうのが最も効率が良い。

自分から与えるからこそ、相手も何かを返してくれる。

クレクレ君には、この発想がない。

それにもかかわらず、この地道な積み重ねの成果を横取りする連中が、国家や巨大企業なのだ。

 

リアル対面の話をすれば、好みの外見の女性の場合、存在しているだけで価値が発生し、男が奢ることもある。

猫が存在しているだけで価値があるのと似ている。

しかしGravityは音声だけなので、対面ほど「存在するだけで報酬が発生する」構造にはなりにくい。

 

共感力が高い、いわゆる共感脳の人はリベラルに多く、身内だけでなく、遠い人や多数の人にまで共感を広げる。

それ自体は優しさだが、同時に搾取されやすさも抱えている。

多数や遠い人にまで共感を広げれば、共感疲れが起きる。

現実には、すべての人を助けることは不可能であり、自然と優先順位が生まれる。

しかし理想論の人は、その現実を無視し、「すべての人に共感すべきだ」と言う。

 

現実的には、まず身内や近い人を優先し、その次に多数や遠い人が来る。

この発想は保守にはあるが、リベラルにはあまりない。

アメリカ民主党のリベラルな共感も、実態としてはNSAやCIAによる監視があり、身内すらスパイしている。

 

理想論を掲げる人ほど、身内を軽視している可能性はないだろうか。

自分ファースト、日本ファースト、アメリカファーストが流行ったのも、リベラルな利他主義や自己犠牲の負の側面が目立ったからではないか。

私が健康を価値観の1位に戻した理由は、能力構築を自分の健康より優先し続けた結果、逆に不幸になっていたことに気づいたからだ。

これは、健全な意味での自分ファーストへの回帰である。

自己犠牲をやめ、クレクレ君を排除し、自分の健康と自由を最優先にする。

 

価値観は、正しいか間違っているかではなく、「今の生き方をどう映しているか」で判断すべきものだ。

健康と自由を最上位に戻したことで、私はようやく自分の人生を自分の側に引き戻せた気がしている。

これからは、自己犠牲ではなく、健全な自分ファーストで生きていく。

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