どうも、太陽です。
テニスも、将棋も、話術も、月収10万円という現実的な目標の前では「たかが」である。
そう頭ではわかっている。それでも、自分だけが勝てない現実や、能力が足りないと見なされる感覚は、確実に心を削っていく。
だからこそ僕は、向いていないと自覚している分野に対しても、逃げずに向き合い、最大限の工夫と努力を重ねてきた。
しかし今、ふと思うのだ。ここまでやったのなら、もう十分ではないか、と。
テニスは、自律神経の持病という明確なハンデを抱えながら続けてきた競技である。
コンディションが安定しないという前提の中で、それでもここまでやれているのだから、客観的に見れば十分なのではないかという気もしている。
しかし現実には、1勝もできない状況がある。
「たかがテニス」と言い聞かせながらも、自分だけが1勝もできないという事実は確実にストレスになる。
わずか1勝しか手に入らないこともあれば、勝てるときには4勝0敗という極端な結果になることもある。
揺れ幅が大きすぎる。安定しない。その振れ幅こそが、心を消耗させる。
しかも、ただやっているわけではない。相当に最大限の工夫をし、できる努力はほぼすべてやってきた。
その上でこの結果である。だからこそ、「本来、運動やテニスに不向きなのではないか」と考えてしまう。
不向きなことに対して、最大限の努力をしても成果が出ないという感覚は、静かに自己評価を削る。
それでも続けてきた。しかし、ここまでやったのなら十分ではないか、とも思う。
将棋もまた、「たかが将棋」である。しかしこちらは、テニスとは違い、そこそこの成果が出始めている。
将棋ウォーズで1級まで到達した。初段には届いていないが、それでも確実に前進している。
対戦相手が操作されていると感じる状況があっても、以前より勝率は上がっている。
将棋は論理的思考力やIQが相当に表れる競技であり、僕のIQは112である。
特別高いわけではない。その中で1級まで到達したのだから、客観的に見れば十分ではないかとも思う。
話術についても同じである。もともと得意ではない。むしろ苦手意識が強い。
しかし話術は、人間の能力をわかりやすく示す指標のように扱われがちである。
いくら執筆力があっても、話す能力が低いと総合的な能力まで低く見られてしまう。
活字を読まない人がほとんどである現実の中では、活字だけで説得することは難しく、話術が求められる場面は多い。
YouTuberもそうだし、Gravityで話すこともそうである。
本来は積極的にやりたい分野ではなかったが、総合的な評価を下げないために、あえて鍛えてきた。
その結果、10点満点中7点くらいまでは引き上げられたと感じている。
しかし、どれだけ努力しても、メンタリストDaiGoさんやひろゆきのような領域には達しない。
彼らのIQは140を超えていると言われる。話術を職業にしているわけでもない自分が、そこを目指す必要があるのか。
苦手分野としては、もう十分向き合ってきたのではないかという思いがある。
結局のところ、テニスも、将棋も、話術も、月収10万円という目標の前では「たかが」である。
職業ではない。生活の根幹ではない。
僕の真の強みは、創造力や企画力、執筆力(AIには負ける部分があっても)、記憶力、そしてビジネス知識である。
他の分野は、極端に言えば雑音であり、ノイズである。
節約術についても同じだ。多くの人に話を聞いても、僕ほど徹底している人は少ないと感じる。
買い物が下手な人は非常に多い。無駄が多い。
その分、働いて稼いでいるのだろうが、出ていくお金も大きい。
僕はすでに楽天モバイルを解約し、日本通信に移行している。
月額1390円で20GB、さらに月額290円で1GB。合計1680円しかかからない。
この徹底ぶりは「たかが節約」と言われるかもしれないが、僕にとっては大きな意味がある。
生活が楽になり、精神的な余裕も生まれている。
これほど実用的な生きる智慧は、そう多くないと感じている。
本来なら、自分の勝てる分野で勝負すれば楽な人生になるはずである。
それなのに、なぜか苦手分野を克服しようとしてしまう。
テニス、将棋、話術。それぞれ、最低限まで引き上げてきた。それでも苦手意識は消えない。
テニスは揺れ幅が大きすぎる戦績。将棋は1級止まり。話術は7点止まり。
どれも「そこそこ」であり、「圧倒的」ではない。
しかし、そもそも職業でもない分野に、ここまで時間と労力を投じ、ある程度の克服を成し遂げてきたのだから、もう十分ではないか。
話術も、将棋も、テニスも、やるだけやったのではないか。
苦手を完全に克服することはできなくても、最低限以上の水準まで引き上げた事実はある。
それでもなお、「もっとできるのではないか」と自分を追い込むのか。
それとも、「ここまでやったのだから十分だ」と認めるのか。その分岐点に、今立っている。
勝てる分野で勝つことは、逃げではない。むしろ合理である。
苦手と正面から向き合い、最低限以上まで引き上げてきたのなら、もうそれで十分だと自分に許可を出すことも、また一つの強さなのかもしれない。
https://www.youtube.com/watch?v=Y1_Mg68z9fk
「ADHDを持つINFJの二重生活(誰も見ていない仮面)」